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歴史的啓示「黙示録」の真実について②

歴史的啓示「黙示録」の真実について②

By photo-AC

※この黙示録シリーズは、2つの記事、
進化レヴェルの5つの大枠について(1)
進化レヴェルの5つの大枠について(2)
を源とするメッセージとしてお届けしています。



前回記事:黙示録①はこちら

黙 示 録 ②

 
では、ここで聖ヨハネが幻視したヴィジョンを見てみよう。西洋世界では、いま、ヨハネのヴィジョンに関連して新時代の思潮が広く流布して来ているが、わたしがそこに付け加えたいことは、2000年前にも周到な準備がされていた、という点である。

450万年におよぶ人類の歴史の中で、我々は最後の生命期のシークエンス(節)に入っている。この生命期のシークエンスとは、ひとつが約1万4千年周期であり、2000年のサイクルが7つ集まったもので形成されている。

あとで述べるが、「7」という数字は非常に重要な数字である。人類はいま「最後の7つ目のサイクル」を生きているのだ。

これは、キリストあるいはイエスとして知られる存在と共に始まった2000年期であり、人類の浄化、または清掃といわれる最後の期間に該当する。

この浄化の完了をもって、人類は1万4千年のシークエンス(生命期)を事実上終えるだろう。それ以降の2000年間でさらに大きな進化プロセスが展開され、最終的には、人類は価値観や世界観だけでなく、身体の物質組成すらも大きく変化させるだろう(※これは「ライトボディ」のプロセスとも呼ばれている)。

イエスと共に始まったこのサイクルは、一人や二人の個人レベルではなく、全人類が完了すべきものである。

黙示録をよく読んでみると、この時期、人は善か悪かのどちらかの選択を余儀なくされることがわかる。善か悪かとは、つまり「次元上昇(再生・復活・進化)」か、それとも「」か、という選択である。黙示録的表現で言えば、火か硫黄かの選択である。この意味についてはのちほど見ていこう。

さあ、では本題に入ろう。浄化後の「新たな2000年期」がどのように展開されるのかは、非常に楽しく、かつ刺激的なテーマである。だが、いま地球で何が完了しようとしているかをしっかり把握するまでは、新時代についてはよく理解できないことだろう。

2000年前には、そのとき地球で何が完了しようとしていたかを人々は理解していた。当時の認識でも、人間とは非常に頑固な性質を持つものだとされてきた。

地上の頑固な同胞よ、君たちは教訓を学ぶことに抵抗している。だから、前に進むため、ときには誰かに背中を強く押されることも必要なのだ。同時に、高次のインスピレーションも必要である。

イエスはすべてのマスターの中から選ばれて、次元上昇のプロセスが何であるかを示すために地球に来た。当時、イエスが次元上昇の実例を示したのは、彼自身のためばかりでなく、他の人々にその進化プロセスを教えるためであった。

君たちもよく知っているように、イエスの母マリアも次元上昇を実現した。聖ヨハネも次元上昇している。他の多くの弟子たちも同様である。以来、西洋では他にも偉大な次元上昇の系譜ができ、たとえばサン・ジェルマン伯爵やルネッサンスの偉大な芸術家パオロ・ヴェロネーゼなど、多くの人々が次元上昇を経験している。

ここで、聖ヨハネの言葉に注目してみよう。ヨハネは、イエスの生涯と昇天(=次元上昇)について他の弟子たちと同じく語り伝えているが、ヨハネが残した言葉は世界の人々の心を激しく動かすほどの重要な意味を持つものだった。それは、久しく人類が忘れていた「真理とは何であるか」を、人間の内なる超意識(=神我)に啓示し、認識させたのである。

この時代より以前は、ときおり偉大なマスターを輩出したアジアの一部地域をのぞき、世界の大部分の地域において、肉体からの解放の知識は乏しかった。人が神と結ばれるための知識は失われ、ただ一部の聖典のみがその原理を細々と伝えるだけだったのである。

モーゼを信奉する者ですら、モーゼが神と話ができたのは、神から与えられたモーゼ独自の才能であるとしてきた。「神が心に内在する」こともそうだが、モーゼのように「神と直接会話するなどという稀有な才能に恵まれた人間は、誰一人いないだろう」と信じられていたのである。

ああ、人はなんという無知に支配されているのだろうか。神に話しかけられることができたのは、イエスやモーゼらだけであって、他の誰にもできはしないとは・・・

日曜学校の教師たちや他の大人たちも、神と本当に交感できるということを君たちに教えてこなかったはずだ。人間には権威はない、と彼らは教えてきた。いわゆる偉大なマスターや神父、ラビ、僧侶、聖職者たちが説いてきた教えや解釈に従い、彼らは君たちに教えてきたにすぎない。

こんな教師たちが君たちの霊性面での指導者なのである。彼らは人々に「神が与えたもの」と「神が与えなかったもの」について説教している。このような教師の下では、誰も神と直接的に交感する機会が得られないのは当然である。

バカげている!としか言いようがない。

しかし、我々は断言しよう。人は誰でも神と話す機会に恵まれているのだ、ということを。このことをイエスは弟子たちに教えたのであり、周囲の人々にも教えたのである。

よく覚えておいてほしい。イエスもまた、ほかのマスター同様、段階的に弟子たちを教え導いていった。師としてのイエスは、弟子や生徒たちがよく理解できるようにと、彼らの能力、つまりその限られた学習能力に応じて教えを説いたのである。マスターたちは、やさしいことから順序立てて教えていくものである。秘儀の道で、イニシエーションを授かる者なら誰でも理解できるだろうが、初期の段階で行き詰まり、壁にぶつかることがよくある。だから、秘儀の伝授は、必ず段階的に秩序立って行われなければならないのである(※五次元アカデミーのサービスメニュー初伝~皆伝まで段階的に行っている理由はそこにあります)。

イエスの場合もなんら変わりがなかった。イエスは、直弟子である12人の使徒たちに対しては、他の一般の人々に行った説き方とはまったく違った教え方をした。理由は簡単である。たとえば、イエスは山で何千人もの人々に垂訓しているが、彼にしても、その場に集まった大勢の群集に、事前の準備もなく高度な教えを説くことは不可能だったからである。

ここでよく理解してほしいのは、山上の垂訓の際、それを聞きに集まった人々の多くが、引き続きイエスと共に留まった点である。やがてイエスの周囲には多くの人々が集まるようになった。これらの人々は、ユダヤのあちこちの地方で大きなグループをいくつか作るようになった。イエスは彼らを時折たずねては、新しい教えを説いていった。イエスは12人の使徒に加えて、月1回程度の割合で何千人もの人々に親しく教えを説いていったのである。

聖書で知られるように、イエスはユダヤ国内をよく旅した。旅の目的は、地方にいる人々を教え、イニシエーション(按手:あんしゅ、と呼ばれる「祝福のディクシャ」のこと)を授けることであった。

按手(あんしゅ)とは

イエスは、霊性と感情の両面に対して豊かな滋養を与えることによって、人々を浄化のプロセスへと導いていった。神の光を受け入れることが出来るよう、心身を浄化し、感情面を浄化し、霊性面を浄化しようとしたのである。

イエスはまた、マントラや神の言葉『 Yud heh vov heh 』の正しい発音の仕方、さらには神の聖なる名に関連する事柄を教えようとした。ヘブライ人の伝承では、この『 Yud heh vov heh 』の音節を正確に発音することができれば、ただちに神を知ることが出来るとされている。現代においても、ユダヤ教のハシディズム派は、聖なる神の名前をどのように発音するかについて、創始者であるバアル・シェム・トーヴ(良き言葉を知る者)より継承しているとされる。

バアル・シェム・トーヴは、18世紀の東ヨーロッパにおいて、それをどのように発音するかのヴィジョンを得たと伝えられる人物である。だがそのことは本題ではない。さあ、聖ヨハネにもどろう。

ヨハネは晩年、エフェソスと呼ばれる町に赴いた。エフェソスは当時、叡智の源の地として知られていた。エフェソスには古代より、知恵と狩猟の女神であるアルテミスの神殿があった。人の歴史によれば、この神殿は紀元前7世紀~6世紀頃に、黒魔術と謀略の横行によって破壊されている。だが、神殿はこれよりもっと以前の時代にも破壊されているのである。アルテミス神殿の原型となる神殿は、アトランティスの時代にまでさかのぼる。エフェソスの地は、かつてアトランティスの一部だったのだ。アトランティス時代の神殿は、150万年前から栄えていた超古代文明の名残である。しかも、このアトランティス時代の神殿もまた、それよりももっと古いレムリアの時代に一度破壊された神殿を再建したものだった。

こうした例からわかるように、地球には、かつて神殿が存在したが今は存在していないという場所が数多くある。これらの神殿は何回も再建された歴史を持っている。エフェソスに立地するアルテミス神殿は、太古の時代より連綿とつづく叡智の一部だった。

そこには叡智のヴォルテックスが存在している。こうした聖なる土地では、大地から途方もないフォース(=高次へと加速する力)が湧き上がっている。現在はそのフォースが湧き上がっていなくとも、少なくとも一度はそうだった土地であると言える。しかし、そうした聖地の持つ力は、あたかも大地の裂け目がゆっくり閉じられるように、徐々に低下していったのである。

ヨハネは晩年、彼の墓にまさしく「生きたまま」入っていった。彼は、墓には誰も入ってこないようにと言い置き、墓を封印するように命じた。あとになって墓を調べると、そこには誰一人いなかった。「いったい何が起こったのか?」それは全くの謎、ミステリーである。

聖ヨハネは、イエスと同じく次元上昇したのである。彼は、肉体を構成している細胞を光に変えた。彼は光の体(=ライトボディ)になり、意のままに天へと旅立っていったのだ。ヨハネが雲間を抜け、軽々と飛び去り向かった先は、君たちが天と呼び、我々が異次元と呼ぶ、我々の天界のうちの1つである。

ここでわたしは、“天界”と呼ぶものが2つあることを明確にしたい。

ひとつは「地球に属する天界」で、もうひとつは「天に属する天界」である。

はて、これは一体どういうことなのだろうか・・・?

つづく
 



【※次の記事】歴史的啓示「黙示録」の真実③



プロフィール

ヴィシュヌ・ワークス代表matsuya
五次元アカデミー主宰/人財教育・能力開発トレーナー/インドヨガ&瞑想教師(ワンネス・ユニバーシティ認定トレーナー)/経営コンサルティング/コーチング/セミナー講師/ビジネス・プロデューサー
【会社所在地:〒060-0062 札幌市中央区南2条西7丁目1-5 2・7ビル2F】

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